武田結子(俳優)

日野先生との出会いは、その当時はただの偶然のようだった。だが、それから約4年の歳月が流れ、振り返ってみると、偶然どころか運命だったとしか考えられないのである。

それは2010年の後半のことだ。それまでの私は、長期間に渡り海外で演技を勉強し、海外で舞台俳優として仕事をしていた。しかし、ある個人的な事情により、日本に帰国せざるを得なくなり、マッサージの仕事をして生計を立てなくてはならなくなっていた。夢を断たれ、人生の目標を失ったようで、途方に暮れていたものである。

そんなある日、暇つぶしに合気道のYouTube動画をだらだらと見ていた。ふと、関連動画の中に日野先生の名前を見つけ、興味本位にリンクをクリックしてみた。そこで私の目にしたものは、いわゆる普通の武道の演武動画とは全く質が違っていた。なによりも私の興味をそそったのは、日野先生が大阪弁でお話をされていたこと。私も大阪育ちのため、親近感が沸いたのである。

それからすぐ、インターネット上で日野先生のことを調べ、日野武道研究所のウェブサイトを発見。すぐさま大阪教室での稽古見学の申し込みをした。とにかく、実際にお会いしてみたかったのだ。

 

― 日野先生に会う

大阪の道場に初めて訪れた時、日野先生は私を椅子に座るよう促し、他の生徒の稽古を観察させた。武道というものに縁がなかったどころか、スポーツ・運動全般にあまり長けていない私なので、どうしたらよいのかと、内心パニックになっていた。「いったい、ここから何を学べるというのだろう?」と自分を少し疑ったが、ワクワクしてもいた。

生徒たちは、日野先生の見本のあと、同じ動きを何度も繰り返していた。私にとって新鮮だったのは、彼らがただ型を練習しているように見えなかった事だ。むしろ、身体というものを、彼ら自身の身体を使って真剣にリサーチをしている、という感じだった。

日野先生は、時折私の席に来られ、彼らが何をしているのかを説明して下さった。そして、ふと笑っておっしゃったのが、「せやからな、カラダは天才、アタマはあほや。」

その言葉を聞いた瞬間に、私は、日野先生がただの武道家ではないことを直感で感じた。

そしてその私の直感はずばり当たって、重大なものであったことが、今になって良く分かる。

その出会いから今まで、幸運なことに、数多くの日野先生とお仕事をさせていただく機会を頂いた。ある時は日野先生の英語の通訳・翻訳者としてワークショップに参加したり、またある時は先生の自主企画作品「リアルコンタクト2012-マクベス、再び」に役者の一人として出演させてもらったり。2013年には、先生の許可を得て、先生の著書の一つ、「心の象」と英訳して全世界向けに出版したりもした。

以下は、日野武道が私個人にどのような影響を与えているかというのを、ハイライトとして三つの違ったトピックの下にまとめたものだ。

 

― 身体の知能

日野先生の教えている事というのは、身体を上手く使うための説明書やマニュアルのようなものではない。先生は、まず私が自分自身の身体に対していかに無知であるかという事を気づかせてくれた。

先生がよくワークショップでおっしゃるのが、「まず、自分が自分の事を何も知らない、ということを知らなければだめです。それが、スタート地点。」

それは、私の身体の限界を知るということではなく、いかに私自身の意識が身体の動きを支配、制限しているかということに気づくことである。つまり、深く根付いてしまった身体に対する私の考え方を自覚すること。

「カラダは天才、アタマはあほや。」身体は、意識が察知できることよりはるかに多くの事を知っているのだ。本人が自覚していなくても、身体ははるかに敏感で聡明、常に今現在の状況に応じて変化、順応している。

もうひとつ違った言い方をすれば、日野武道は、自我という狭い領域を超えて全く新しい人間成長の過程に導く術だ。

「動こうとするな。身体が動くんや。考えたら身体は動かへんで。」

日野武道で稽古をすることは、一見シンプルだが、思考が体の繋がりと全身運動をさまたげることが明確に分かるようになっている。 だから、本当に稽古をすることが非常に難しい。しかし、身体感覚を活性化し精密化していくのには必要不可欠で効率的であることは確かだ。

いったんそのような稽古方法に触れ、自分の体に向き合っていると、できる、できないに関わらず、私の自覚範囲が広くなり認識の精度が上がっていくのが分かる。そしてその事は、ますます私の身体と思考の癖を発見することに繋がっている。

まさに途方もない作業であるが、私にとっては今までの窮屈な自分から解放される作業でもある。それは、まるで私の身体を深く掘り下げながら、潜んでいた宝物を発見しているような気分にさせてくれる。

 

― 表現

舞台俳優として演技する時の表現と、日野武道がどう関係しているのかを話すのには、私自身の書いたエッセイの一部を抜粋するのが良いだろう。以下は、日本での日野先生のワークショップに参加した時の模様を綴っている。

「日野先生は、2人の参加者を選び、他の参加者たちの前に向かい合って立たせた。『やる事はただ歩み寄って握手するだけです。もし、他の人たちが、2人の本当の繋がりが見えたら、『イエス』と言います。もし何も見えなかったら、『ノー』って叫ばれますよ。』

なんと気の滅入るエクササイズだったことだろう!当人たちがどれだけ頑張っても大声で『ノー!』と叫ばれるのだから。

『君らはただ繋がってると思ってるだけや。思ってるだけで、実際に繋がるという事をしていない。観客には繋がろうという欲求しか見えてこないんや。』と日野先生がおっしゃった。

演ずる者がやろうと思っている事は、観客に見えている事ではない。観客に表現されている事は、演ずる者が思う表現ではないのだ。

とすれば、表現とはいったい何なのだろうか?

この問題にどう取り組んでいくかという点での大きなヒントを日野先生は与えて下さった。

『武道では、自分のしようとする事を敵に見せないようにすることがとても重要です。そうしなければ、殺されてしまいます。だから、相手に自分がどう見られているかということを極端に自覚していなければならない。このような、見られているという自覚は、舞台芸術でも重要です。違っているのは、役者やダンサーは舞台の上ですることを、観客に見せるという選択をしているという事だけです。』

第三の目、客観的な目、呼び名はどうであれ、それは、見られている自分を自覚し、自分自身を距離を置いて見ることである。それは、演者が表現を実際に稽古することを可能にする要素だ。そして、舞台の上で何かを表現するという事がどういう事なのかを知ること。」

私の俳優人生のなかで、このことは胸躍る大きなチャレンジである。

 

 

― 人生の目標

日野先生がなぜ私のような一舞台俳優に貴重な識見や助言を与えてくださるのか、時々不思議に感じてしまう事がある。武道を稽古するための道着すらも持っていない私に、である。

答えは、ある日先生が私におっしゃってくれた言葉の中にあるのかもしれない。

「オレが教える事ができようができまいが関係あれへん。演技ができたらそれでエエねん。」

この言葉を、私は次のように解釈している。技術が舞台でイキイキと活躍することに役立たないのなら、それは何の意味もない。もし技術が、自分というものを真剣に掘り下げて発見できるような過程に導かないのなら、それは自己満足の域を出ず、ただ自分を傲慢にしていくだけ。自分の情熱に従い、技術の習得よりも、自分のやりたい事がより良くできるようなるという事に集中しろ。それが、本当の意味で使える技術になっていく。

あともう一つ書いておきたい事がある。実は、これが日野先生が示し教えてくださった事の中で一番大事なことだ。それは、人の人生の真の価値は人間同士の本当の繋がりにある、といこと。私は、先生の教えることの全てが、この一点を究極の目的として指差しているように感じる。

いったん舞台に立ったら、他人と向かい合い、関係を築くという瞬間しかない。いくら素晴らしい技術を持っていても、台詞を完璧に覚えていても、何十時間と稽古をしても、その舞台芸術で最後の最も大事な瞬間は、未知なままである。そしてその成功は、今という焼けつくすような瞬間にどれだけ私の感性が花開き、人と人との本当の繋がりを感じられるかのみにかかっている。いうまでもなく、このことは舞台のみならず、私の人生、他人との全ての関わりのなかででも当てはまる。

つまり、私にとって、日野武道は、今この瞬間に起こっている実際の人間同士の繋がりの中で成長していくための術なのだ。

日野先生から学んだ事は、私のすべてに対する見方、考え方を変えた。それは、私が生きていく上で切っても切り離せないものとして染み込まれているのである。

そして、今現在、私はフィンランドで舞台俳優として働いている。素晴らしい人々に囲まれて、自分の夢を生きている。

これが、私の日野武道の実践だ。